lona-hallelujahの日記

人の成り行き “一度、あきらめた場所で”

小説「一度、あきらめた場所」第11声「Bar」

 

 グラスを置く、タイミング

 それが完璧だった

 

  耳を傾けていたのは、たぶん

 自分の孤独

 店内の喧噪ではなく

 バーテンダーの動きでもなく

 孤独を取り巻く周囲の様子

 

 「演奏できればいいのに」

 

 と思った

 

 そんな度胸と聴かせる音もないのに

 自分の音色しか出せないのに

 でもそれで

 いいのかもしれない

 

 誰かが、分かってくれる

 

 いや、自分すら客なんだ

 自分で、自分の音に耳を傾けて

 孤独を聴いてる

 自分の孤独を唄えばいいんだ

 

 いつか

 

 

 ギター教室に通った8ヶ月間。先生に「そんなんじゃ、何をやっても駄目だ」と云われた。それが頭に残る。インターネットで見つけた教室。教室の説明がなく、どんな講師かも分からず。ただ、掲示板にその先生の評判がすこし。でも、どんな先生かは書かれていなくて。先生の名前を検索すると、以前にフラメンコショーの奏者として出演していた記事を見つける。有名なものではないが。プロなのだろう。

 電話をしたとき、高齢の声に聴こえた。落ち着いた、円熟の雰囲気。好きなギタリストを聞かれたあと、月謝の話しになり。これは…駆け引きなんだろうと思った。「きちんと続けてゆける?」と聞かれた。

 札幌に教室があり…といっても、先生の自宅ではなくて、その都度、貸しスタジオを借りて、色んな場所で教室を開いているらしく。僕の場合は、あるデパートの中の楽器屋さんの貸しスタジオが、教室代わりだった。

 緊張した。初めて、本格的なひとに自分の音を弾き鳴らすのだから。最初、駄目だしだった。僕は、自分のリズムを聴いてもらおうと、自分の持ち曲の中で、一番、自分らしいものを視てもらおうと鳴らしたのだが。先生には、無秩序な感覚に聴こえたのだろう。まずは、その事実を真摯に受け入れた。

 僕が持ち込んだアコースティックギター(リサイクルショップ中古で約6000円)は「音は、30年くらい経った良い音がする。直してみるけど、これでは弾きづらいよ」と云ってくれた。先生はネックの反りを出来る限り直してくれた。でも、限度があるようで、弾きづらいギターは直らなかった。

 先生は、ある有名な古参のギタリストの弟子で、勉強として様々な国へ出張して、ギターを学んできたとのこと。携帯画像で色々見せてくれた。本当らしい。僕が、インターネットで検索して見つけたフラメンコショーでの記事から、フラメンコギターについて訊ねてみた。僕はその分野の知識がなく、パコ・デ・ルシアの安価なベスト版CDを一枚持ってるくらい。ただ、以前に自分が作った曲の中に、フラメンコギターの響きを感じたことがあったので、方向性として気になっていた。フラメンコといえば、スペインの音楽なのだが、先生はそこで、本格的なフラメンコギターを習ったことがあるとの事。それを知って、僕はフラメンコギターを学びたいですと、言った。最も、高度な技術を要するギターのジャンルと知らず。

 結局、教室の二日目。僕のギターでは弾きずらいから…と、安価なクラシックギターを譲ってくれるとのことで買った。今では安っぽく見えるそのギターだけど、その時は、ギターケースを開けてみたとき、クラシックギターという古い時間の雰囲気がとても、高潔に感じた。先生のギターとは比べ物にならないくらい、やすっぽかったけど…。後で聞いていてみたら、先生は僕の父親と同じ年くらいだった。ごく平凡な自分の父親があり、一方で、先生のような色んな国で学び、ギターを通じて生きてきた人が居る。不思議なものだ。同じ時代のなかで、生き方が違う。自分を注いできたことの違い。どちらが良いというのではなく、その人に流れた時間。

 自分の不器用さに、つまずきながら、何とか向かい合おうとギター教室に通った。「厳しくしたほうが良いかい? それとも楽しみながらやってゆきたい?」先生は、それを気にしていた。過去に、気にかかる辞め方をした生徒が居たのだろうか? それとも、財政的なことから? きちんとした指の動かし方を学んだ。自分で考えながら、自分で出来るようにしたこともあった。先生は、解決策を教えてくれた。2曲のレパートリー。何らかのヒント。そして、財政的に考えるものがあり、また、自分へのこだわりの強さから、辞めてしまった。

 

 あきらめたわけじゃない

 

 そうして、情けなくもギターの教本を買い始め、学び始めた。「本気になって、きちんとしたことも出来るんです。」と、云いたかった。自分のこだわりを捨てずに、自分の中の大事なものを守りながら、進めてゆきたいんです、と。

 

 それを失ったら、ぼくが、ぼくを続ける意味がなくなるんです

 

 

 口に含んだジントニック

 喉を鳴らして、呑み込んだ

 

 グラスを置く、タイミング

 それが完璧だった

 

 何かと重なり、何かの合図に、何かの決意に